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資生堂の化粧品 インテグレート
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資生堂の化粧品  コラム


お客様向け文化情報誌『資生堂月報』は、

大正13(1924)年11月に創刊された。

現在の『花椿』誌の前身である。

化粧品業界としては初めての機関誌で、

資生堂のチェインストアを通じて全国に配付された。

第1号を見ると「素人にも出来る吹き出物の手当て」

など美容記事のほか、「今年の婦人手袋の流行」「コ−ヒ−の入れ方」

など、さまざまな情報が誌面を彩っている。

当初は社内関係者が執筆の中心だったが、

第19号から一流作家による小説やエッセイなど

も登場するようになった。

昭和8年には『資生堂グラフ』、12年に『花椿』と改題されたが、

現在も時代を先駆ける文化情報誌として発信を続けている。


引用元:資生堂公式HP

資生堂の化粧品 | 【2006-12-18(Mon) 08:22:42】 | Trackback:(0) | Comments:(2)
資生堂の化粧品 インテグレート
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資生堂の化粧品  コラム


資生堂の社長・福原信三は、戦前の日本を代表する写真家

としても知られる。明治16(1883)年、実業家・福原有信の

三男として生まれる。少年時代、信三は芸術に興味を抱き、

小学生で日本画を、中学生で水彩画と油絵を習い、

宮内幸太郎に写真の指導を受けた。米国留学から帰国後の

大正4年、父・有信から資生堂薬局を継いだ信三は、

事業の中心を化粧品に移し、翌年に意匠部(現・宣伝部)を設立。

大正8年には資生堂ギャラリ−を開設し、独自の美意識に基づく

経営を始める。大正10年には寫眞藝術社を興し、翌3月には、

パリで撮りためた2000枚のネガから24点を選び、

写真集『巴里とセイヌ』を出版して写真界に確固たる地歩を築いた。



引用元:資生堂公式HP

資生堂の化粧品 | 【2006-12-16(Sat) 09:41:03】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
資生堂の化粧品 インテグレート
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資生堂の化粧品  コラム


資生堂のメセナ(文化支援)に関する歴史は長い。

日本に現存する画廊の中でも歴史の古い「資生堂ギャラリ−」は、

大正8(1919)年12月、資生堂化粧品部(現 ザ・ギンザビル)2階に

「陳列場」としてオ−プンした。設立当初の目的は、

スカ−フや扇子など季節の商品をゆったりしたスペ−スで

展示販売することであったが、写真家で芸術を深く愛していた

資生堂の初代社長・福原信三は、商品展示のない期間を

ギャラリ−として使用し、若手作家や前衛芸術家に発表の場を

無料で提供しようと考えた。個展については、信三自らが

作家の持参した作品を見たうえで、開催の諾否を決定していた。

これまでの75年間に開かれた展覧会は3000以上、出品作家は5000人

にのぼり、「資生堂ギャラリ−75年史」(求龍堂刊)には、

その内容が詳しく記されている。



引用元:資生堂公式HP



資生堂の化粧品 | 【2006-12-15(Fri) 09:38:20】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
資生堂の化粧品 マキアージュ
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資生堂の化粧品  コラム


資生堂は明治21(1888)年、日本初の煉歯磨「福原衛生歯磨石鹸」

を発売した。

歯磨石鹸は歯磨を固形石鹸状に煉り固めたもので、

石鹸分を多く含んでいて硬いため、

湿らせた歯ブラシで表面を擦り取って使った。


資生堂の化粧品 | 【2006-12-14(Thu) 10:41:59】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
資生堂の化粧品 インテグレート

20061214_1_a20EUC-JP.txt
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資生堂の化粧品   コラム


日本では古来から、白粉といえば「白」が常識であったが、

明治時代に一部で洋装が始まると、洋風化粧が少しずつ

知られるようになった。資生堂でも明治39年に黄色と肉色の

煉白粉を発売してはいたが、実際は白色が主流の時代だった。

そんな中で話題になったのが、大正6年発売の「七色粉白粉」である。

その七色とは、白、黄色、肉黄色、ばら、ぼたん、緑、紫で、

当時の製品目録によると、「其人の顔に応じて、顔を調和させ、

且派手に見せ」るもので、個々の顔の色に合わせて白粉を

使い分けるという、斬新な考えに基づく商品だった。



引用元:資生堂公式HP

資生堂の化粧品 | 【2006-12-14(Thu) 10:26:34】 | Trackback:(0) | Comments:(1)
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